夷洲斎日乗   天才読者の読書日記

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help RSS パタリロと踊って、忘れてしまえ

<<   作成日時 : 2010/05/07 17:13   >>

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 ニュー・ヨークという象徴的な都市の、その象徴性がたっぷりと(真実の意味で)味わえるのは1920年代の本格ミステリーか、さもなきゃアメコミの中だけである。
 19世紀には、パリが〈都市〉の王だった。ポーのデュパンがパリの高等遊民なのは、いわば名探偵の宿命なのだ。そして、ホームズとロンドン、にその王座は移り、最終的にニュー・ヨークに遷座する。

『僧正殺人事件』 S・S・ヴァン・ダイン 日暮雅通=訳 創元推理文庫

 いきなり浅薄な都市論から始めたのは、本格ミステリーの本質が、「都市の文芸」だから。群集の中の孤独という、いわば裏テーマがこのジャンルを全体に覆っている。
 だが、ヴァン・ダインの、というよりはファイロ・ヴァンスの王位の期間はあまりにも短かった。事実上、この小説『僧正殺人事件』がその最期である。
 ひとつには、ヴァンスのニュー・ヨークは、一種の幻想都市であることにある。
 そのコトは、この本と同じ年に(これは偶然ではない、と思う)出版された『ローマ帽子の謎』を読めははっきりと分かる。
『ローマ帽子』のニュー・ヨークの一種の猥雑さ(それは、他民族都市の、所謂〈坩堝〉としての猥雑さだ)、が、『僧正』のニュー・ヨークにはまったく感じられない。ヨーロッパ都市のひとつだとしても、不思議がないくらいである。どちらが〈リアル〉かといえば、それはクイーンの方だろう。〈犯人〉と〈探偵〉、それに〈死者〉。この三者が、都市空間(たとえ、孤絶した館の内部だろうと、この三者のトライアングルが崩れない限り、それは都市の延長である)で各々孤独な存在であり、ただ犯罪…殺人に拠ってのみ一瞬集まる。
 本格ミステリーとは、そういう孤独の幻想から紡がれた物語だと、こういう本を読むとしみじみ実感できる。

 それに、この第4作には、それまでの3作とは大きく異なる点がある。
『ベンスン』『カナリヤ』『グリーン家』はまとめて構想された経緯からか、同じ基本線(かなり斬新な(当時としては)基本線である)が踏襲されている。
 ヴァンスの〈探偵法〉が、かなり稚拙ではあるが、プロファイリング(作中では、心理的探偵法などと言われている)であるということが、このシリーズのウリだったのである。為された犯行の手口から、犯人の個性を特定するという手法。
 それが、もっとも効果を発揮するはずのサイコ・キラーものであるこの『僧正』では、かなり弱くなっている。犯人像が、数学者・物理学者といった科学者だというところまではその手法が使われるものの、いかんせん、容疑者すべてにソレは当てはまる始末。
 このことは、最後の解決にも、疑念が挟める(ミステリーとしては)大きな瑕疵である。
 山田正紀『僧正の積木唄』は、そのこと、つまり、最後に絞り込まれた二人のうち、どちらが真犯人か確実な(納得できる)論証が無いという点を衝いた小説だ。(もっとも、いつものデンで、他に雑多な要素が盛り込まれているが)

 結局は、ヴァンスは名探偵だから正しい、というメタレベルに回帰してしまうのである。

 そして、この瑕疵は結局、本格ミステリーというモノ全体にほぼ適用されてしまうのだ。最終的に、読者は、探偵の齎す解決を、メタレベルで〈感じる〉しかない。

 マザー・グースの調べにのせて、本当の意味ではどこでもない、幻想のニュー・ヨークで紡がれる、動機が見えない連続殺人。ある意味、殆ど完璧な設定だからこそ、この小説は嘘くさく見える。著者が、ミステリーの本質を幻想小説だと気付いていないと、その陥穽に墜ちることになる。

 新訳で読むと、こういうマイナスの面もクリアに見えてしまう。
 そんな小説を読むという行為の虚無が、読書を覆う。
 それこそが読書、だと言い切れれば、冥府魔道の只中でも幸福なのだが。

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僧正の積木唄 (文春文庫)
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