夷洲斎日乗   老読者の読書日記

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zoom RSS 〈土地〉が誰かの〈モノ〉であることについて

<<   作成日時 : 2012/08/29 23:26   >>

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 いったいどうしたことか、と、つい思ってしまう程暑い…特に夜の気温が下がらぬ。
 そんな熱帯夜がもう2週間も続いているのだから、ブログで愚痴るくらいは勘弁してもらいたい。
『十蘭錬金術』 久生十蘭 河出文庫
 国書刊行会の全集は財布的にどうにもならないから、河出文庫がこの一年ばかりの間に六冊も短篇集を出してくれたのは有難い。
 それにしても、何ともタイムリーな内容が一篇入っていたのは偶然か必然か。
「公用方秘録二件」の後の方、「鷹(唐太モイヤ御番屋一件)」のことだ。
 幕末、樺太の領有権を確定するため、松前藩が北緯50度ラインに二人の武士を送り込むハナシなのである。
 もっとも、これは、少しばかり史実とは違う。幕府はちゃんと(?)ペテルブルグに役人を派遣して国境画定の協議というか談判をしている。それが不調に終わり、日露混住の状態が明治の「千島樺太交換条約」締結まで続く。混住、と言葉にすればひとことだが、つまりは無法地帯、西部劇に出てくるフロンティアの如き状態だ。
 国家による土地の占有、つまり「領有権」という概念が、比較的新しい概念であるということを知っていれば、徳川幕府はむしろ現在の日本政府より遥かに敏感であったということは事実だろう。
 武士の政権だから、土地の領有に敏感であったのだろうと思う。また、土地の領有というのが法や正義には必ずしも基づかない生臭い一件であるというのも、武士政権ならではの感覚、だと思う。
 小説の中の二人の武士は、本国(この場合は松前藩)からの連絡が絶え、国境線の向こうのロシア軍に何度「番小屋」を焼かれても、「実効支配」のためにそこに住み続ける。
 食料の補給が絶えても、自作の弓で狩し、ロシア側の襲撃には一旦身を隠して、ほとぼりが冷めると戻って来てまた小屋を建てるという策戦で、何と50年…当然、幕府から明治政府になり、松前藩も消滅し、しかも上記「交換条約」も当然知らず、日露戦争の勝利によって再び南樺太の領有権が確定するまで、そこに「居」続ける。
「上」に忘れ去られても、たった二人でロシアとの「国境」を守り続ける武士たちの姿は、異様とも滑稽とも、または崇高ともとれるが、奇妙な…説明の出来ない感動に襲われることは確かだ。「武士道残酷物語」とはまた感触の違うナニか。
 もっとも、この短篇集は最初の若い頃に書かれた「彼を殺したが…」(映画「太陽がいっぱい」とかカミュの「異邦人」に似たカンジという、それはそれで面白い短篇だが)を除けば、〈日本的なるもの〉と〈ヨーロッパ(端的に言えばフランス)近代なるもの〉との混淆や反発、いわく言い難い絡み合い(以前、それを「植民地風」と仮に呼んでみたが)を描いた短篇ばかりである。
「勝負」は、夫の嫉視に(実際の)不倫に押しやられてゆく男女(近代)に、戦場での女敵討ち(歌舞伎か)が絡むという古風な筋立てだし、
「南極記」はなんとも惚けた味わいの中に、「鷹」と同じ国家による領有(近代)と、日本人冒険家の(在り得ないほど)無欲な冒険(探検という行為そのものへの耽溺)との対比があるし、
「不滅の花(インモルテル)」はパリ・コンミューンに参加した日本人(武士)という一種の奇譚だ。
〈近代〉の方にも、右翼チックな〈ナショナリズム〉にも与しないバランス。(解説では、それを「常識人」と読んでいるが)
 これは、主に〈近代〉の方に、その限界や、建前ではない真実の奥まで(「プランス事件」を見よ)親しんだことによるバランスだろう。〈ナショナリズム〉の方は、ほっといても身体に染み付いてしまっているものだから。
 昭和19年に書かれた「爆風」の、ちょっとブラックなほど戯画化された戦争の描写が、いま読むとかなりジワッと来る。決して反戦ではなく(だからこそ、検閲を免れている)だが効果として厭戦気分を醸しだすこの短篇を読めば、作家にとって(あるいは十蘭にとって)作家的技量とはどんなものであったのか、ある程度想像はつくだろう。
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