夷洲斎日乗   老読者の読書日記

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zoom RSS どちらにしても

<<   作成日時 : 2012/10/23 21:40   >>

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 もしセージ家が最善手を打ったとしても、〈不幸な〉国民が一人もいなくなるわけではない。仮に検挙率100%でも、それで犯罪が消滅するわけではない。ヒトというのは、(たぶん)そういう生物だ。
 今回は、先に『ブラックアウト』を読んだのだが、…完結していない。続きは来年の4月だそうだ。
 そこで、舞台がイギリスで、歴史(改変)SFという共通点のある
『パヴァーヌ』 キース・ロバーツ 越智道雄=訳 ちくま文庫
 サンリオ文庫、そして扶桑社版からの三度目の刊行。
 サンリオは、文庫自体が消滅する直前の刊行だった。扶桑社版も、たしかSF関係の叢書の一冊だと思うが、その叢書シリーズも確か尻切れで終わった記憶がある。
 まったく、ロバーツの日本での翻訳事情は不運としか言いようが無い。この『パヴァーヌ』も、「幻の名作」扱いされる期間があまりにも長かった。代表作がそうであるせいで、ロバーツの他の長篇は未だに1冊も翻訳されないままだ。
 歴史改変SFという分野を語る上で外せないのが、この『パヴァーヌ』とディックの『高い城の男』なのは、解説にある通りだが、この両者はまるで逆の書き方をしている。ディックの方が、「改変された歴史」への〈違和感〉を強調する書き方だとすれば、ロバーツは有り得た歴史に限りなく〈現実感〉を付与する書き方だからだ。
 道路を走行する蒸気機関車、イギリス全土にある通信塔で板を動かして情報を伝達する通信士たち。
 それらの〈技術〉への執着といっていいほどの、微に入り細を穿つ表現が素晴らしい。
 小説として、〈深度〉が深い代わりに、イギリスの一地域から出ることはない。これも、逆説的にセカイの広さを感じさせる。
 少なくとも、読了した時に感じる〈重厚感〉は相当のものである。

 無敵艦隊に破れ、エリサベスI世が暗殺されたため、国教会が滅んだイギリス。このために宗教改革も産業革命もなく、20世紀に至っても政治体制は中世的で、科学技術は少なくとも200年は遅れたセカイ(北半球はローマ教会の支配下にある、と表現されている)
 最初の二篇「レディ・マーガレット」「通信士」くらいまでは、前述したように電気と内燃機関が選択的に使用禁止された状況と、路面を走る蒸気機関車のイメージ(本来の意味での〈スチーム・パンク〉だ)と、ツアィスの双眼鏡(こうした細かい部分が、歴史改変SFとしてのキモだ)で、離れた塔の板の上下による通信をリレーする技術の迫真性をただ愉しめばいい。
 連作短編が〈深く〉なるにつれ、全体の意図が次第に明らかになる。
 そして、あの結末。
 ただ、去年原発事故を目の当たりにしてしまった日本人として、ソコに感心して済む問題ではないのも事実だ。
 この『パヴァーヌ』のセカイが、(ローマ教会の、あるいは〈古い人々〉の)意図してそうなったセカイだったという〈結末〉は、片面では科学技術の進歩はコントロールされるべきだというべきだという一種の「思想」の表現であり、もう片面では、たとえそうしたとしても必ず〈犠牲〉は出るということ、万人が幸福となるユートピアは「どちらにしても」生まれず、より〈犠牲〉の少ないほうを選択する他に道は無いという「諦観」を表している。
 この二つのことを同時に表現できるのが、〈SF〉というジャンルの「可能性」(未だ、可能性であり続ける、と個人的には思う)だということが良く分かる結末だ。
 …それにしても、最終章での急速に滅んだ「中世」の名残としての廃城と、原発が海岸に聳え立つ後景の、なんとも複雑な思いを抱かせるイメージはどうだ。書かれた1960年代後半から、「原子力発電」に対するイメージも変遷した。
 その、どう足掻いても発見してしまうであろう科学技術を制御するための資格、作中のローマ教会による圧制が、その資格を人類が(あるいは文明が)得るための煉獄だとしても(少なくとも、そう受け取れる書き方をされている)それを認められるかどうかは結局〈個人的な〉問題となる……「どちらにしても」結局……
 久しぶりに邂逅した名作SFは、実に様々なことを考え、感じさせてくれた。
 サンリオ文庫版を読んだ時とは、まるで違った感慨ではあるが。
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