夷洲斎日乗   老読者の読書日記

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zoom RSS 「ボートの三人男」ジェローム・K・ジェローム 丸谷才一=訳 中公文庫

<<   作成日時 : 2010/04/08 05:36   >>

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 文章のリズム。
 翻訳でも、いや、翻訳であればこそ、そのリズムが合わないことがままある。

 昔から漠然と思ってきたのだが、ここに来て丸谷才一の文章のリズムが自分とは合わないことがはっきりと解った。今まで、読めばその内容は面白く、肌が合うのにも関わらず、何となく敬遠してきた理由。それがこの〈リズム〉の問題である。旧仮名遣いの問題ではなかったのだ。もっとも、そんなことは丸谷才一にとって、痛くも痒くもないだろが。

 こうなると、ジェロームの方を評価するのは著しく困難だ。本当はもっと〈軽く〉、本当はもっと〈ブラック〉な笑いなのではないのかという気がするのである。
 イギリス人が、真面目な顔をして(厳粛であればあるほど良い)かなり辛辣なブラックユーモアを言うことは(そして、笑いどころを解りにくくひねるのは)色々な例から見て、その傾向が強いことは、本朝では夏目漱石以来、頭では解っていても、感覚が受け付けないのである。

 テムズ川をボートで遡る話。
 これにも、地図がない。原書に付かないのは、読者が十分以上によく知っている地理に関して書いているからだろうが、大陸の反対側の読者には、あまりにも不親切だと感じる。三人が、どれくらいの距離をボートで行ったのか、感覚的に把握しづらい。それくらいはちょっとの手間だと思うのだが。

 いきなり反語的表現で始まる。それも、病気についてだ。本当は、もっと深刻な感じに訳しても間違いではないという気がした。イギリスのユーモアとはそういうものではないかと思うからだ。
 この、のんびりとしたというかいい加減な道中記、ボートの三人が下らない冗談を言い合い、スラップスティックな動作による笑い、名所旧跡にいちいち反応して妄想を膨らませるところ(マグナ・カルタ島がその意味でのクライマックスだ)、ボート版の膝栗毛という感じにどうしても見えてしまう。(あるいは、丸谷がそのように訳している)

 そんな中、最後近くで、身投げの水死体(女性)とぶつかるシーンが、妙に生々しく感じる。
 そういうことが、果たして珍しいことなのか、良くあることなのか、ボートでキャンプ旅行などという習慣がない日本人にはわからないが、その部分のブラックさ加減が、笑うべきところなのかそうではないのか、判断がつかず宙ぶらりんになる感覚が残って仕舞った。それが、彼の国と此の国の〈感覚〉の違いなのか、翻訳のせいなのかも判断できない…そのことが妙にいらつく結果となったのである。
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