夷洲斎日乗   老読者の読書日記

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zoom RSS だからどうだ、の境界

<<   作成日時 : 2011/10/30 22:06   >>

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 長く続いたシリーズが完結というのは、もうそれだけで感慨深いモノだ。
水戸黄門だろうが、『QED』だろうがソレは変わりないわけで。
『QED 伊勢の曙光』 高田崇史 講談社ノベルス
 ずっと読んできているが、殺人事件などの普通のミステリー部分と、主人公・桑原崇が神社仏閣巡りをしながらヒロインに「歴史の謎」を解いて見せるという部分との“乖離”が最初は気になっていた。しかし、ここまで来ると、むしろそれが良くなってくる。ソレがシリーズと言うものの不思議さで、同じ“名探偵”を主人公にしたシリーズというのは特に、この不思議なマンネリズムのリズムに満ちているモノなのである。ホームズから金田一、矢吹駆も御手洗潔も、結局はそのシリーズのリズムからは逃れられない。

 この名探偵・桑原崇にとって、現実の殺人の謎などは最初からどうでもよいのだが、そのどうでもよいという加減が巻を追うごとにむしろ強まっているのがいっそ潔い。
 シャーロッキアン的謎や、龍馬暗殺の謎、などもあったが、メインは古代史と日本神話の“謎”にあるこのシリーズは、自ら謎を見つけ出して解いていく、という“趣味”(ムカシで言えば「探偵趣味」)の表現である。

 しかし、今回はヒーローとヒロインが「身体的危機」(それも、洞窟で水攻めという、サイレント時代の連続活劇じみた)に陥る部分や、いままでシリーズに登場してきたオールスターキャストの競演、などの物語的要素……サスペンスとかアクションとかいった(空手と古武道の格闘シーンまで)てんこ盛りに放出した、という印象が大だ。
 そういったモノを今まではかなり抑制してきていたので、最後に来ての大サービスという感じもする。

 小説内での時間は、結局2000年であるというのも、20世紀内で終わらせるということだろうか。
 朝廷をはじめとした権力者たちが隠した「秘密」を、神社仏閣の配置や文献の些細な記述から暴きだすという基本構造は同じだが、今回の山村での2000年近く続いた(とされる)秘密の「儀式」やそれに絡む殺人は、諸星大二郎か星野之宣の古代史考古学伝奇漫画のセカイだ。
 しかし、あくまで骨格はミステリーである(という中途半端さ)がこのシリーズの最後まで保たれたスタンスである。
 そのスタンスを良しとするかどうかで、シリーズ全体の評価は分かれるだろう。

 もっとも、桑原とヒロインの奈々の仲がどうなるのか、どう決着がつくかというような極めて俗な興味も、(初恋の人の出現とかも交えながら)決着がつくので、やはりサービスは満点だとは言える。
 
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