夷洲斎日乗   老読者の読書日記

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zoom RSS 〈通念〉の時代変化(ミステリーにとっての自縄自縛)

<<   作成日時 : 2012/04/13 22:48   >>

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 そして春が来て、あの禍々しいソメイヨシノの花も散った。
 東京へ来て、あの実をつけないサクラの、狂ったように咲く様は何だか毎年薄気味が悪いカンジがしていた。(今でもしている)
 品種改良があながち悪いこととは言わないが、アレだけは“不自然”過ぎる。しかも、それをこの巨大都市の人々は、さほど“不自然”とも感じていはいないらしい。
『蝋人形館の殺人』 ジョン・ディクスン・カー 和爾桃子=訳 創元推理文庫
 まもなく書かれて百年を迎える本でも、その“いのち”の在り様はそれぞれに違っている。
 カーの初期の探偵、バンコランものの一冊。もちろん、舞台は1920(おそらく)年代のパリ。そのパリに在る蝋人形館に(蝋、という字は本当は旧字なのだが、その旧字は環境依存文字だという罠)まつわる令嬢失踪事件が起こる。
 蝋人形館、セーヌ川に浮かぶ上流階級の令嬢の他殺死体、新たにその蝋人形館で発見されれる(しかも、セーヌ河の伝説に残る、サテュロスの像に抱かれて)別の令嬢の死体。
 外見だけは、もう…はっきり言ってこれ以上ないほど俗っぽいエログロのセカイである。 
 カーの場合、それと薄暗い蝋人形館の地下通路での人の出入りの精密な(というよりはクドイほど細かい)考察が一緒くたになっているのが本領というものなのだが。
 蝋人形館と地下で繋がっている、会員制の秘密クラブ(仮面を付けるのが条件)とか、そこを主催するインテリ悪党(バンコランとは過去に因縁がある)などの(はっきり言って)読者への間違った餌も充分に魅力的だ。(そのどこか薄っぺらい、“人工的”なカンジが、逆に)
 そういった、〈ベル・エポックのパリの秘密〉といった趣と、〈本格ミステリー〉としての本作の構造とが、全く別物だというのが、一種の軽い意味での著述トリックにもなっている。
 ネタバレはあまりしたくないが、微妙な範囲で言うと(未読の場合は注意)


 この〈犯人〉は、当時の通念としての心理障壁によって意外性を持つわけだが、明らかになってみると、それは2012年の現在ではほぼ通用しないものであることがわかる。実際、これ以上観念的な動機で殺人が行われることにも、あるいはほぼ完全に動機なき無差別殺人にさえ、驚かなくなった今日では。
 その意味で、最後のシーンでバンコランが犯人に対して取る行動も、それほどショッキングなものには見えず、……むしろソレが通用する、あの時代の〈カッコヨサ〉に対するノスタルジーすら感じられた。
 途中、そこだけあまりにもさりげなく書きすぎるせいで真犯人が割れそうになる(二人くらいに絞り込めてしまう)という瑕疵が無きにしも非ずだが、カーの〈本格〉ミステリーとしては上の部類だろう。むしろ、最後まで読んで犯人が分かってから再読すれば、カー本人がどのようにして犯人を隠そうとしているかが見えて、むしろ感心できるかもしれない。
 ああ、それと〈密室〉性が低いというのもある、かな。むしろ、アリバイ物の範疇に入るかもしれない。別にカーだって、最初から密室ミステリーの大家に、自らなろうとしていたわけでもないことが、これからもわかる。
蝋人形館の殺人 (創元推理文庫)
東京創元社
ジョン・ディクスン・カー

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