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2009/11/16 22:32
〈比較民族学的研究〉
河童は、おそらく、日本で一番高名な妖怪である。
しかし、その〈正体〉は、その余りに高名なためか、諸説入り乱れて判然としない。〈正体〉といっても、深い意味でなく、いわば妖怪分類学的に見ても、良くわからないのである。
この本は、もう10年以前、買いそびれていたものの重版だ。
こんな本が、文庫で、1,000円以内で買える国であるうちは、おそらくまだ大丈夫だろう。色々あっても。
実際、戦時中に出せなかった経緯のある本だけに、そういう感慨がどうしても浮かんでしまう。
「馬と水神」「牛と水神」「猿と水神」の三章からなるこの本の中で、驚くべきことに、西はアイルランドから、東は日本の岩手県まで、読者の視線はユーラシア大陸を横断することになる。時間も、先史時代から現代まで、遥かに流れる。ダイナミックではあるが、その内容は詳細、かつ緻密で、知的興味というものを満足させるには十分な筆力で書かれている。
河童が馬を水中に引き込もうとして失敗し、侘び証文を取られる、という伝承から、馬と水神の関係…水辺で放牧するという習俗の意味、竜と馬の親密な文化的関係性、等々、最初から興奮させられる。
しかも、そこから、牛と水神の関係に入ると、事は北・太陽・天・男性原理・馬という観念連合と、南・月・土(大地)・女性原理・牛という二項の文化的対立と融合にまで及ぶ。ここは、かなり興味深い。遊牧、すなわち馬の文化が、北方から南の農耕文化を侵食し、ついに融合する過程までの話は、文明論として読んでも面白いのである。
河童が、ついにギリシャ神話のポセイドンにまで関連付けられる(ポセイドンは、牛頭の神即ちミノタウロスの後裔で、しかも馬の神という性格を併せ持つ)に至っては、上質の推理小説を髣髴させる論理展開である。
「猿と水神」には、諸星大二郎の「西遊妖猿伝」の要素、水神〈無支祁〉とか、次郎神君の縛鎖とかが出て来る。猿と馬の関連で言えば、当然弼馬温についても触れている。最初に出版された年代を考えると、諸星や中野美代子の発想の根源になっているのは(つまり元ネタは)、あるいはこの本かもしれない。
昔、読まなかったことを後悔する本だ。逆に言えば、今読むための長い放置プレーだったとも考えられるが。
追記 このブログでは、民俗学(民族学ではなく)に分類しておく。柳田国男に捧げられた本でもあるし。大体、その辺の学問の〔分類〕というのは、一読者としてはあまり厳密に考えなくても良い気がするからだ。
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